第二章 イヨロンド
アンブロワの新しい領主シャルル・ダンブロワは憤懣(ふんまん)やるかたなかった。
――いつもいつもあの女ときたら……これまでも随分と辛酸(しんさん)をなめさせられてきたが、今度という今度はまた何をぬかすかと思えば。
周囲からは性格温厚でおとなしいと見なされている彼の握り拳に自然と力が入る。
「お血筋? お血筋が違うだと!」
シャルル・ダンブロワは心の中で吐き捨てた。
彼をこんなにも怒らせているのはイヨロンド、彼の実の母親である。
生まれてからこのかた、イヨロンドが彼に母親らしい愛情を注いだことなど一度もないばかりか、何か有益なことをしたためしもない。
ただ禍(わざわい)であるばかりだった。
兄のギヨーム、あの薄ら馬鹿で醜いギヨームばかりを溺愛(できあい)し――いや、取り込みやすい子を自分の飼い慣らしたいように手なずけたと言うべきか。とにかく総領になるべき長男を彼女はしっかり手元に抱え込んで、領地内のあらゆることに口を出していた。
賢い女がうまく取り仕切るのであれば何ら問題はなかったが、イヨロンドは強欲で無慈悲、節操がないことにかけてはこの上なかった。
夫の定めた年貢の額を勝手につり上げ、そこから不当な金をせしめた。意見をする役人を石頭と笑い、なお、追及する者には、汚職の罪を着せて他への見せしめにした。
その上で苦境を直訴する領民からは、容赦なく、更に滞納の利息まで巻き上げる。商人たちには取次料、口利き料などと称して袖(そで)の下を求める。
まったく、金勘定となれば彼女の欲深な脳は次から次へと黄金色(こがねいろ)の知恵を絞り出すのだ。
農閑期でも農民はこき使われたが、そうしておいて、農民の唯一の楽しみである収穫祭の宴(うたげ)に彼女は、たった一杯の葡萄酒を振る舞うこともしない。
おそらくこの近在でこの女ほど評判の悪い女はいなかったであろう。