【前回の記事を読む】 「あんたの妄想。現実にしてやったよ」――“髪の長い白い服の女” がにやりと笑うと、見覚えのある笑顔だった。…あの青年だ。
猫、お好きですよね 松本 エムザ
白いTシャツにジーンズ、黒のエプロンを細身の体にまとった、二十代くらいの青年が、テントの中からまばゆい笑顔を月子に向けている。開催の度に譲渡会へと足を運んでいた月子だったが、この青年は見掛けた記憶がない。新しくできた団体のボランティアさんだろうか。
「ごめんなさいね。猫ちゃんをお迎えすることは、私にはできないのよ」
猫が好きだ。
だが動物嫌いだった月子の両親、そして結婚して産まれた長男にはアレルギーがあり飼う機会は今までなかった。そんな息子も無事成人し家を出て、ようやく猫を家族に迎えようとした際、夫に大病が見つかった。献身的な看病の甲斐なく、あっという間に月子は未亡人になった。
ひとり暮らしは寂しかろうと、今こそ猫を飼えと友人たちから勧められたが、月子はそれを拒んだ。
生あるものには、いつか必ず死が訪れる。
ペットを最期まで看取る覚悟はあっても、自身の健康に不安を抱くようになってしまったのだ。更年期と緑内障に悩まされ、不整脈と貧血で投薬治療も進行中。体調の良し悪しにも大きく波がある状況で、ペットの命を預かることはできないと。月子は、「飼わない」選択をしたのだ。
「ええ、知っています。でも猫への愛情が消えたわけではないですよね。こうやって足繁く譲渡会にも通って、積極的に団体を支援していらっしゃるんですから」
青年の言うとおりだ。飼わない選択をしたからといって、猫への愛が消えたわけではない。時間があれば猫動画を追い、猫カフェに通い、猫を愛でた。長年職にしている翻訳の仕事も続けられていたし、夫が遺してくれた貯えも存分にあったので、地域で保護猫活動をしている団体を、物資や金銭で継続的に援助してきた。
だがどうしてこの青年は、そんなことまで知っているのか。