大体譲渡会にブースを構えているのに、青年の周囲には犬猫の姿もケージの一個もない。怪しすぎる。こちらが老人だから騙しやすいだろうと、何か悪巧みをしているのではないかと、月子は身構えた。
それでも笑顔を崩さずに、青年は続ける。
「そんな貴女にお勧めしたいのが、『エア猫』です」
「エア、猫?」
本来繋がるべきではない二つの言葉が生み出した単語に、思わず月子は繰り返し声にした。
青年が取り出したのは、住宅リフォームの営業マンが手にするカタログのような、分厚いバインダーだった。その表紙には、
「ソウル・キャッツ?」
青年が言った「エア猫」ではなく、「SoulCats」の英文字が流れるように書かれている。「そうですそうです。『魂』とか言っちゃうと胡散臭がられちゃうかなって、分かりやすく『エア猫』って呼んでいるんですけれど」
「エア猫」でも十分に怪しいのではと思いつつ、興味の方が打ち勝ち、青年の話を聞いてみようと思い至った月子であったが──。
結果、月子は夢に見た生活を手に入れることができた。今世では諦めていた「猫」との生活を。 姿は見えない。なにせ「エア」だから。
はじめのうち、それはほんのりとした気配のみだった。だが、日を追うごとに月子が迎えたエア猫は、トトトトという足音を家中に響かせ、月子がソファで寛いでいればその膝に飛び乗ってきたかのように、ふとした瞬間に、心地よい重みとほのかな温もりが感じられるようになった。
背の部分であろう空間を撫でてやれば、手のひらにトクトクと脈打つ心音と、ゴロゴロという喉を鳴らす声までが聞こえてくる。寝床に入れば布団の隙間からするりと入り込んでくる、柔らかな毛並みの感触までもが。
ああ、なんと愛おしい。