せやけどグレゴールはどんどん冷静になっていった。グレゴールには自分の言葉がさらにはっきり聞き取れたけど、それは恐らく耳が慣れたせいであって、誰にも一言も理解できんかった。

ただグレゴールが尋常ならざる状況におることだけはみな疑わなんだし、グレゴールを助ける腹も決めとった。

最初の指示は揺るぎない確信をもってくだされ、その確信にグレゴールは満足した。人間様の仲間に戻れた気がしたし、医者と鍵屋が、グレゴールはこの二つを特段分けては考えなんだが、驚くばかりの成果を上げてくれると思えた。

目前に迫る決定的な話し合いにそなえて最大限はっきりした声を出せるよう軽く咳払いした。もっともできるだけおさえ気味で。この音にしてからが人間の咳払いには聞こえへんかもしれんし、その辺を自分で判断できる自信はあれへんかった。

隣の部屋はそんなこんなの間に静まり返った。両親が支配人と一緒にテーブルで声をひそめて話しとるか、みんなしてドアにへばりついて聞き耳を立てるかしとるらしい。

グレゴールはじりじり椅子ごとドアに近づくと、椅子をその場に残してドアに飛びつきまっすぐの体勢でしがみついて──脚には球がついてて、そっからちょっとばかり粘液が出とった──大仕事の合間の一息をついた。

それから、鍵穴にささってる鍵を口で回す仕事に取っかかった。あいにくグレゴールには歯というもんはないらしく──そんなんでどうやって鍵をくわえたらええのやら?──代わりにあごがめっぽう強力やった。

そのおかげで鍵は確かに動かすことができた。茶色い液体が口から流れて鍵づたいに床にしたたっとることからして何かしら傷ができとることは間違いなかったけど、自分では気づかなんだ。

「聞きなはれ」支配人が隣の部屋で言うた。「鍵を回してまっせ」これが大いにグレゴールの背中を押した。とは言えみなグレゴールに声のひとつもかけたってもよさそうなもんではあった。「がんばりや、グレゴール」とか「その調子や、しっかり鍵に食いつけ!」とか言うてやっても罰はあたるまいに。

自分の大奮闘をみなが固唾をのんで見守ってくれてるという一心で、グレゴールは気も遠くなるくらい渾身の力でもって鍵に食いついた。鍵が回るにつれてグレゴールは鍵穴の周りをドタバタと踊った。口だけを頼りにまっすぐ立って、必要に応じて鍵にぶら下がったり全体重で鍵を下に押し戻したりした。

澄んだ音を立ててとうとう鍵は元の位置にカチリとはまって、その音でグレゴールは文字通り我に返った。大きくため息つきもって「これで鍵屋はいらんな」とつぶやいてグレゴールは頭をレバーに押しつけ、ドアを完全に開けようとした。

ドアを開けるにはこないなやり方しかあれへんかったから、ドアはすっかり開いたものの、グレゴールの姿はまだみなの目には触れなんだ。グレゴールははじめゆっくりとドアの片っ方を迂回した。それも、部屋の入り口前で仰向けにぶっ倒れるぶざまをやらかしとうないなら細心の注意が必要やった。

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