大阪弁で読む『変身』
Ⅰ
しかしそれは差し当たり杞憂というもんや。グレゴールはまだここにおるし家族を見捨てる気なんぞさらさらない。
グレゴールは今げんにじゅうたんの上におるわけで、グレゴールのおかれた状況を分かっておれば本気で支配人を中にお通しせえとは誰も言うまい。
こんなささいな非礼は後からどないとでも言いわけできそうなもんやし、これですぐさまグレゴールがクビになるってもんでもない。
グレゴールからしたら、泣くわ諭すわで邪魔をするより今はそっとしといてくれた方がよほど合理的やった。もっともこのあやふやな態度のせいでみな途方に暮れて、自分らのやっとることは正しいと考えとるんではあった。
「ザムザ君」
支配人は声のトーンを上げて呼びかけた。
「ほんまにどないしてん? 部屋に立てこもって返事いうたらハイかイイエだけ、ご両親にはいらん心配をおかけして──ついで程度に言うけどやね──仕事上の義務も前代未聞のやり口で放り出してからに1。
ご両親と社長の名において言うけどやな、今すぐはっきりと説明してくれるよう本気で頼むで。ほんまビックリ仰天や。
君は冷静で分別のある人やと思うとったけど、急に突拍子もない気まぐれを次から次へとやらかす気になってしもたみたいやね。
社長が今朝がた、君の遅刻をこないほのめかしたんや──最近君が任された集金がらみやと。私は誓いに近いくらい真剣にとりなしたんやで、お言葉ですがそのおっしゃりようは間違うてますとな。