大阪弁で読む『変身』

けど当然ながら女中が、例によって足取りもたくましくドアまで来て、開けた。

来訪者があいさつした第一声を聞いただけでグレゴールはそいつが誰か分かった──支配人じきじきのお出ましや。何の因果でグレゴールだけが、ほんの少し遅れただけでただちにこれ以上はないほど疑われるような会社に勤めるハメになったんか? 

会社員というやつは一人残らずロクデナシで、朝のたった二~三時間を仕事に費やさなんだばっかりに気がとがめておかしなりそうで、まさにそのせいでベッドから出られへん、そういうまごころや忠誠心のあるやつはおらんってのか? 

正味、わけを尋ねるんなら見習いを寄こしゃしまいやないか── そもそも様子見が必要やとしての話やが──、支配人御自らがおいでになって、この疑わしい案件の調査はひとえに支配人様の胸先三寸やと何の罪もない家族に見せつける必要があんのんか? 

まともに腹をくくった結果というよりはこないなことを考えて頭に血がのぼった結果として、グレゴールは全力で体を揺すってベッドから転げ落ちた。ドスンと音はしたものの大音響というわけでもなかった。

ちょっとは落下の衝撃をじゅうたんがやわらげてくれたし背中もグレゴールが思ってたより弾力があったから、大きくはないこもった音がしただけやった。ただ頭だけはうかつにもぶっつけてしもうた。腹が立つやら痛いやらでグレゴールは頭をしきりに動かしてじゅうたんになすりつけた。

「中でなんぞ落ちましたな」支配人が左隣の部屋で言うた。

グレゴールは想像してみた。いっぺん支配人も今日の自分と同じような目にあわんもんか。まったくありえんと断言はできん。けどこの問いにそっけなく答えるみたいに支配人は隣の部屋でツカ、ツカ、ツカと歩いてエナメル靴をキュッキュキュッキュ鳴らした。

右隣の部屋から妹がグレゴールに、空気読めと言いたげにささやいた。

「グレゴール、支配人さんやで」「分かっとるがな」とグレゴールは口走ったものの、妹に聞こえるほど声をはり上げようとはせなんだ。

「グレゴール」今度は父親が左隣の部屋から言うた。

「支配人さんがお見えになってな、お前が朝の列車で出勤せなんだわけをお尋ねや。何とお答えしたらええか、わしら分からん。なんしかお前と腹割って話したいと言うてはる。せやからドアを開けぇ。部屋が散らかっとっても堪忍してくれはるやろ」

「おはようザムザ君」とその間に支配人が親しげに口をはさんだ。