大阪弁で読む『変身』
Ⅰ
手始めにグレゴールは下半身をベッドから出したかったけど、この下半身をまだ見てもおらんので正確なイメージがつかめんし、動かすんも難儀やと分かった。
とてつもなく時間がかかった。グレゴールはしまいにいらち来て1 力の限りやみくもに体を前に突き出したが、さあ方向を間違うたもんやから足側にあるベッドの支柱にしたたかぶっつけた。
このとき感じた燃えるような痛みでグレゴールは下半身こそ目下のところいっちゃん敏感らしいと悟った。
それでグレゴールはまず上半身をベッドから出すやり方を試すことにして、慎重に頭をベッドのふちにぐいっと向けた。これは造作もなくできて、だだっ広く重たい体はそれでもしまいに頭の方向転換についていった。
せやけど頭がベッドからはみ出して宙に浮く段になると、グレゴールはこの調子で進み続けんのが不安になった。なんせいよいよベッドから落っこちるとなると、それこそ奇跡でも起きん限り頭のケガは避けられなかろう。
今このとき、何がなんでも意識を失うわけにはいかん。それよりはベッドにへばりついとる方がまだマシや。
けど同じ骨折りの後でため息ついて元の通りに横んなって、さらに激しくさえなってそうな脚同士のケンカを見て、このシッチャカメッチャカを沈静化させる見こみはないと悟ったとき、グレゴールはまたつぶやいた。
ベッドにずっとへばりついてはおられん、わずかでも望みがあんねやったら、あらゆる犠牲をはろうてベッドを脱出するんがいっちゃん理性的な判断や。
もっともその一方でグレゴールは、やけっぱちで決断するより落ち着いて、とにもかくにも落ち着いてじっくり考える方がよっぽどマシということもきちんと思い起こしとった。
そんなこんなの間にグレゴールは力の限り窓に目をこらしたものの見えるもん言うたら狭い通りの反対っ側を覆う朝の霧くらいで、何ほどの自信や元気がわいてくるもんではなかった。
「もう七時やがな」
目覚ましがまた鳴ってグレゴールはつぶやいた。
「もう七時や言うのにあいかわらずのこんな霧か」
それからちょっとの間、身動きを止めてか細う呼吸した。
そうやってじっとしておれば、現実としてのみこめる状態に戻れるんやなかろうかと期待しとるみたいやった。