あわら温泉物語

風が一陣吹いて灰を舞い上げた。椎の木と看板から落ちる水滴が、静まり返った火災現場にポタポタと音を響かせている。二人は悲しみとショックに打ちひしがれながらも、この二つのシンボルに光を見出した。

高志は、濡れて冷えてしまった知世の背中を温めるように、自分の濡れた手をそっと当てて摩(さす)るのであった。

火災の夜、高志も知世も興奮と悔恨のために全く眠れなかった。身体は横たわってはいるが、神経は逆に冴え渡り、大切なものを焼き尽くした苛烈な赤が次々と脳裏を襲っては消える。その残酷なフラッシュバックは、明け方まで二人を苦しめた。そしてそれは子供たちも同じだった。

火災の後、何を話し、どう動いたか。何も思い出せないほど頭の中は混乱していた。おばあちゃん子だった長男の久紀には、可愛がってくれた祖母の最後の言葉が何度もよぎっていた。

「久紀は長男として、しっかり茜屋を継いでいかないとね」

昨日までほぼ失念していたその言葉が、祖母の面影を伴って、幾度も幾度も繰り返し呼び掛けてくるのであった。

翌朝午前五時、疲れ果てて漸く仮眠に入った高志を残し、知世は着物を着直して家を抜け出すと、まだ焦げ臭い焼け跡の前に来ていた。