あわら温泉物語
こうして消防署と消防団が一体となって必死の放水を展開するも、乾燥しきった建物に取り憑く火の勢いは著しく、幾つもの火柱が雄叫びを上げながら暴れていた。それでも彼らは、絶対に諦めることなく献身的に火と闘い続けた。
茜屋の南隣にある亀屋も、木造数寄屋造りの老舗旅館で火には弱い。延焼を防ぐことも急がれた。
茜屋のシンボルである椎の木にたっぷり水を掛けて飛火の元を抑えると、二つの旅館の間で水幕を張って火の手を食い止めた。この時三人の消防隊員が倒壊してきた高板塀の下敷きとなり負傷したが、治療の時間も惜しんで最後まで持ち場を守り抜いていた。
緩い西風だったことが幸いして、周囲のホテルや飲食店はいずれも無事だった。避難した従業員たちは、真っ赤に燃え盛る旅館を愕然と見上げている。周辺の住人たちも固唾を飲んで手を合わせながら見つめていた。
着物が着崩れ足袋のまま地面に立っている知世は、全身を震わせながら半狂乱になって泣きわめいている。
「あぁ、大切な茜屋が……おじい様、お父様、お母様、申し訳ございません……。あぁ……何ということ……」
駆け付けた松風荘の靖子女将が知世を見つけて走り寄り、その肩を抱きながら、
「見ないで! もう見ないでおきなさい!」と叫び、両手でしっかり抱き締める。他の女将仲間たちも急を聞いてやって来て、知世とともに泣いた。
そこへ福井市から慌てて帰ってきた、高志と航也が走ってきた。
「ハァハァハァ……知世! 大丈夫か?」
「あなた。ごめんなさい……」
「おまえが悪い訳じゃない。僕こそ、こんな時に留守にしてしまって……」