あわら温泉物語

知世は、固い表情を崩さずに、机に向かって手を組んでいる。

知世には、これからの旅館のあるべき姿が頭では理解できているものの、過去の茜屋への愛着やお客様との思い出、そして誰より自分が女将として茜屋の過去も未来も守らねばならないとの強い責任感から、なかなか新しい世界に踏み込めない戸惑いがあった。

高志が溜息をつきながら、頑なになっている知世を見つめる。それまで殆ど意見が一致していた設計について、ついに夫妻の思いが異なる時が来てしまった。どちらも茜屋を思う心が強いからゆえの衝突であった。

後日、沖村夫妻が設計について再び議論する機会を持った。

「僕は、茜屋の伝統とは規模の拡大を追わず、質の向上を追求することだと思うんだ」

「それは、もっと客室を減らすという意味?」

「そう。部屋食にもこだわりたいし、全ての客室に源泉を引きたいから、人手と湯量に合わせれば自ずと客室数は減ることになる」

「でも、それは売上げには逆行するんじゃないですか?」

「いや、稼働率のデータを見ると、今までは客室数がむしろ多すぎたんだ。それに旅館はホテルではなく、量より質だよ。それが日本旅館の在り方だと僕は思う」

「……」

高志は、団体客中心の時代に五十室を十室にして、名旅館として高く評価されている山中温泉の『ふよう亭』をイメージしていた。

知世が心配そうに、「何室にするつもり?」と聞くと、

「今までの二階建て二十三室から、平屋建て十七室にしたい」