久紀の顔が見えると、旅館の前にいた有衣と実桜がすぐに気付いて駆け寄り、三人はしっかりと抱き合った。
今まで人前では涙を見せたことがなかった三人が、この時ばかりは人目を憚らずに泣いた。悲しみ、悔しさ、強いショック、そしてそれらを共有できる肉親と再会した安堵感。理屈抜きで心の堰が崩壊し、抑え込んでいた全ての感情が氾濫したのだ。
火災発生から約五時間後、火勢は漸く下火となった。昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている現場では、消防と警察が粛々と現場検証をしている。
高志と知世が焼け跡を前に、二人並んで呆然と立ち尽くしている。
「旅館は蔵の一部を残してほぼ全焼……。まだ何か悪い夢を見ているようで、頭の中が真っ白だ……」と高志が呟き、「明日から私たち、どうしたらいいの……」と知世も途方に暮れる。
「よりによって、おじい様の命日に……。何と皮肉なことか……」
「でも、不思議なことに、おじい様が遺した看板と椎の木だけは残ったわ」
「そうだな。うちのシンボルが二つとも残ってくれたことが、せめてもの救いだな」
「姉川先生のお陰ね……。私たちは気が動転していて、大事な看板にもすぐに気が回らなかったわ」
「この椎の木も前庭にあったとはいえ、あの激しい火の勢いの中でよく残ってくれたものだ」
「まさに、どちらも茜屋の魂ね……」
【前回の記事を読む】「か、火事だ! 火事だー」燃え盛る旅館に対し360度から放水。この時全33台の消防車が出動した
次回更新は9月17日(火)、18時の予定です。