あわら温泉物語

人は悲しい時には青が見えなくなり、青空も灰色に見えるという。だが、この日の晴れ上がった空は悲しすぎるくらい青かった。

乾燥した空気の中、茜屋の屋根から白い煙が上がり始めると、あちこちからパチパチという音が鳴りだす。

今度はキナ臭くヌメっとした生温い風が流れてきて、それがやがて微妙な辛味のある熱風へと変わり、あっという間に真っ赤な火の手が一気に屋根にも駆け上がった。

そして、火炎は飢えた野獣のごとく貪欲に燃える物全てを吞み込んで、猛り狂いながら見る見る燃え広がっていった。この尋常でない火の回る速度に、既に茜屋の中ではロビーや廊下にも煙が立ち込めている。客室にはこれからだ。

従業員の一人が「か、火事だ! 女将さん、火事だー」と叫ぶと、知世が着物姿で走ってくる。

「えっ!? 火元はどこ?」

「お、大広間の天井裏みたいです!」

「早く消してー!」

知世は、細腕に消火器を持って、大広間のある二階へと階段を上ろうとするが、従業員たちに必死に止められてしまう。

「自分たちがやりますから、女将さんはここにいてください」

従業員たちが二階に駆け上がっていくが、しばらくすると辛い煙に咳込みしながら降りてくる。