「ゴホゴホッ、女将さん、自分たちではもう火を消すのは無理です! とても手が付けられません! どんどん燃え広がっています」
「ああ、社長のいない時になんてこと……!」
知世は大声で嘆いた。
「女将さん、今すぐ消防に連絡します!」
「何よりも先にお客様を早く避難誘導して差し上げて!」
「わ、解りました!」
従業員は客室に走っていき、安全なところに誘導すると、続いて知世や従業員たちも取る物も取り敢えず、次々と外へ出た。皆「ゴホゴホッ」と咳をしながら、顔は煤で真っ黒に汚れていた。
まもなく、響き渡るサイレン音がこだました。あわら市が所属する坂井地区を守る「嶺北消防組合」の「あわら消防署」から消防車二台と「三国消防署」から一台が到着したのだ。
素早くホースを消火栓につなぐと、燃え盛る旅館に対して一斉に放水を始めた。炎の熱に顔を歪めながらも、臆せず果敢に前へ前へと出ていく隊員たちの勇姿を、近所の人々は頼もしく思いながら祈るような気持ちで見入っている。
そしてほどなくして、「大規模建物火災」の無線連絡を聞いた「あわら消防団第一分団」の消防車も駆け付けた。
この第一分団は、全員が地元あわら温泉の市民で組織されており、砂田昌司分団長の指導の下、仕事を持ちながら地域のために日々訓練を積み重ねてきた経験豊富な精鋭揃いだ。
砂田分団長はこの時既に癌に身体を侵されていたが、厳しい痛みに耐え抜いて鬼神のごとく最後まで現場に立ち続けた。