薄明りの中、所々がまだ仄赤い灰黒色の海は、無情にも昨日まで毅然と聳え立っていた建物の映像を蘇らせ、知世の心を幾度も幾度も鋭利な刃物で突き刺してくる。その痛みに耐えながら不安定な足取りで、思い出との別れを惜しむかのように焼け跡を回った。

火の番で徹夜していた消防団員とすれ違うと、無言で頭を下げ、またヨロヨロと歩きだす。その姿を消防団員たちは痛々しい気持ちを重ね合わせて見守っていた。

火事の翌日、何事もなかったかのように、冷淡な青空が焼け跡の上にも広がっていた。しかし、高志と知世にはその青空がやはり灰色にしか見えなかった。

二人は、ご近所や町内の多くの人々に迷惑を掛けたお詫びと火事見舞いのお礼に訪れていた。疲れた心と身体を引きずって、舟津温泉区にある六十軒ほどを頭を下げて一軒一軒丁寧に回った。

憔悴し切った顔で二人が頭を下げると、それぞれ言い方は違えど沖村夫妻の心中を気遣う。

「茜屋さんとは代々助け合ってきたんや。今度はこっちが助ける番やざー、頑張ってくんねのう」

「この町の人は皆、社長と女将さんが好きなんや。何か手伝えることがあったら何でも言ってくんねのう」

それを聞いて高志も知世も、頭を下げたままポロポロと涙を地に落とした。こうした地元の人々からの温かい励ましが、自分たちの心を支え、さらに強くしてくれたことを二人は深く心に刻むのだった。