「存じております。私も佐竹家の人質でしたから」

「おお、そうであったな」

「今でも三の丸には専用の棟があって、そこには数人の御子たちがおられます。でも此度の御上洛ではそのような差し迫った危険はないと大御台様付きのお辰様が仰(おっしゃ)っておられました」

こういうあっけらかんとした於江の性格は御台の珠子とは全く違う。大御台の嫁いびりも一向に気にする様子はなく、それを逆手に取るほどで大御台もそれを楽しんでいる節もある。

一方、御台の珠子は那須与一宗隆を先祖に持つ名族那須氏のお姫様だ。大御台のちょっとした嫌味や棘のある言葉にも敏感に反応し、それを実家の兄、資晴にも文で頻繁に知らせていることを義宣も知っていたが無視していた。

しかし、今度の那須家の問題はそんな些細なことではない。那須家から正室を迎えている義宣にとっては那須氏の改易は佐竹家にとって迷惑な話である。

─だから言わんこっちゃない。儂が小田原参陣にも資晴を誘ってやったのにそれを無視して伊達と組んだりするからだ─ と思っても既にあとの祭りである。

三成からは「那須家からの御台所は上様の覚えが良くないから離縁した方がよろしいかと存ずる」とまで言われているのだ。

だからといって珠子は既に妊娠初期であり義宣にとって待ちに待った第一子を懐妊しているのだ。"離縁など出来ない。出来るわけがない。ではどうするか?"

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