秀吉の命により妻子を人質として上洛させねばならなかったが折り悪く妻の珠子は初めての子を身籠っていた。そこで義宣は当主の座を譲って北の丸に移っていた父に相談すると大御台に白羽の矢が立った。義宣は説得のため足取り重く母の部屋に向かった。

「母上、上洛の件で父上と相談したのですが人質は母上が適任だろうということになりました。お引き受け戴けませんでしょうか」

義宣にとって苦手な母親である。やんわりと相手の出方を探った。

「何? 人質!?」

"やっぱり……一刀両断に断られるのか"と思ったが……。

「どこへ行くのじゃ?」

「はあ、京へ妻子を差し出すようにとのことで…… 珠子は……」

「御台は無理じゃの。京じゃな? 住まいはあるのじゃろうな?」

「はあ、石田三成殿が京都の二条に私邸を用意してくれたそうです」

「私しかいなければ、仕方ないでしょう」

大御台は満更でもないように頷いた。

その日の夕方、於江が肩まで伸びたおかっぱ頭の黒髪を振り乱して義宣の元に嬉々として跳んできた。

「今しがた、大御台様が京に上られるとお聞きしましたが誠でございますか?」

「おう、母上の了解を戴いた」と難題が解決したことを伝えた。

「私も行きたい。京を見てみたい。大御台様のお傍にいて面倒を見ますから私も京に上らせてください」

於江は幼い顔の前で手を合わせて懇願した。

「人質ぞ。人質の意味を存じておるか?   先方にとって都合の悪いことがあれば真っ先に槍玉に上がるのだぞ」