「自転車は道路のあるところを走るものです。崖を転がり落ちようなんて言語道断。全く。危ないでしょ」と医師は大きな雷を落とした。

その後、両親も麗央も「あのときは……」と話していた。親がハラハラするようなことばかりする子供時代だった。小さな頃から休みのたびにモトクロス場やカート場に通い詰めていた。自動車の免許がないので公道は走れないけれど、カート場などでは車を自分の手足のように動かしていた。

小さい頃から、麗央と愛莉は全く異なる世界に生きていた。水が苦手な兄と大好きな妹。メカニックが大好きで、乗り物が大好きな兄と、乗り物は手段にすぎない妹。音楽が得意でリズム感のある兄。植物が好きで、花の名前に詳しい妹。

両親からは「よくもこれだけ違う兄妹ができたこと」と呆れられていた。

「本当に、同じ親から生まれてきたのかしら」とも言われた。

人参の嫌いな麗央が食べ残しをして叱られそうになると、人参の大好きな愛莉が

「もらってもいい?」と食べてしまって、母は叱る機会を失っていた。

魚の苦手な愛莉が手を出せずにいると、麗央が一口に毟(むし)って口に入れてやった。愛莉の算数の宿題は麗央が面倒を見ていた。夏休みの植物採集は愛莉が二人分まとめてしていた。小さい頃は、似ていない兄妹というより、補完し合う兄妹だった。

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