トップアスリートを目指す妹
ここに集っている中学生の間では、「スラムダンク」が流行っていた。皆で漫画を回し読みしているうちに、いつの間にか友達もできてきた。漫画を通じて、異なる競技の人たちとも共通の話題を持つことができた。人との付き合いの幅が広がった。
中にジブリのアニメが好きな人がいて、一緒にビデオなど見ていると楽しく、いつの間にかリフレッシュしている自分に気づいた。スイッチの切り替えが上手になった。
あるとき、シニアの方に出てみないかと言われた。シニアになるとメダルコレクターと呼ばれる人たちが何人かいて、なかなか順位は上がらなかった。しかし、新たな目標ができて嬉しかった。
シニアの選手たちの動きをよく観察すると、バックストローク時の足の角度が自分と異なっていることに気がついた。彼らはつま先まで神経が行き届いている。美しい。真似をしてみたくなった。
他の泳法のときにもつま先までの水の流れをイメージして泳ぐよう心がけた。タイムに直結はしなかったが、水が味方になってくれたと思えた。
一方で、世界大会に出始めた頃から、食事やサプリメントの話が頻繁に出るようになった。筋肉を作るには牛肉だと言われ、次の日には、余分なカロリーをとらないために鶏肉を食べようと言われた。
冷えが女性にとっては敵なので、根菜類をたくさん食べた方がよいとも教えられた。プロテインやサプリメントも、あれがいい、これがいいと、日替わりで噂が出てくる。
その一方で良いといわれているサプリメントには、時々変な物が混ざっているという噂も出ている。一部のサプリメントには人知れずタンパク同化ホルモンが混ざっている。混ぜておいた方が、効果の高いサプリメントとして売り上げが伸びるらしい。
ライバルを蹴落とすために、ドーピング禁止物質が含まれたサプリメントを勧める輩がいるのではないかという話も出ている。カヌーの選手がライバルをドーピング違反による資格停止処分に追い込むために、禁止物質を飲み物に混入したという話が聞こえてきた。
あるとき、電話口で咳をした娘を心配した母から、風邪薬やら咳止め、解熱剤などが、山のような食料品とともに送られてきた。
「食料品はありがたいけれど、風邪薬の方は使えないの」母に荷物の受け取り報告がてら、そう言った。
「どうして?」
「ドーピングって言葉は聞いているでしょう」
「それぐらいは知っているわよ。ベン・ジョンソンでしょ」それがどうしたのかという母の声だった。