【前回の記事を読む】F1の技術が裏目に? 相次ぐ不審な自動車事故に潜む闇の正体は……
兄の事故死への疑問
麗央の事故に釈然としないものを感じていた愛莉は、取るものも取りあえずイタリアに飛んだ。空の上から地図と全く同じ海岸線をぼんやりと眺めながら、自分が何を求められているのか、何をすべきなのかをつかみかねている自分自身を思った。
麗央の事故原因を解明したい。しかし、そのためにできることが自分には何かあるのか。車のことなどろくに知らない一人の人間が、大企業に太刀打ちができるか。
ここまでやってきた自分はドン・キホーテなのではないか。高度が下がり、町の姿が鮮明になり、家が一軒一軒はっきりと見えるようになると、ここまで来たことが正解なのか、間違いだったのか、迷いが生じてきた。
海のさざ波の上を機体が滑るように飛び、海岸近くの木々が、葉の一つ一つまで手に取るように見えて、ここにいることが現実だと再確認した頃、飛行機の車輪がドスンと滑走路に着地した。やはり解明すべきと、意を決した。
ミシェルは麗央の通訳をしていたアントニオという男と二人で空港まで迎えに来ていた。通訳がいるというのは愛莉にとって非常にありがたかった。
それまではスマホの翻訳ソフトや英語で話をしていたが、それだと、うまくニュアンスが伝わらず、まどろっこしい感じがした。
日本語でさえ、うまく相手に伝わったかどうか分からないような細かなことを、翻訳ソフトを通しての話では、通じているのかどうかさえあやふやで、イライラすることがあった。実際に会ってみるとミシェルは思っていたより華奢で、落ち着きのある人物だった。
薄緑のアースカラーで薄手のスイス綿のジャケットを羽織っている。トライアングルにはオフホワイトのTシャツが覗いている。
デニムパンツと白いスリッポンの間には締まった足首が覗いている。軽く微笑んで握手を交わした。包み込むような柔らかな手だった。愛莉は彼らと合流し、K&W社へ直談判に向かった。F1参加の統括本部へと入っていった。
K&W社へと向かう途中、石垣の上に民家が見えた。石垣には一面につるバラがはっている。控えめな赤い花があちらこちらに咲いている。蔦がはっているところもある。
かなり年代物とおぼしき石段の途中には、路地植えのレモンが二本、ピンクの花を咲かせている。