ルビナスが要所要所に咲いて、手入れが行き届いている。崖の上の民家の中では、おそらく家族が仲良く、光に包まれたような時間を紡いでいるのだろうなと想像した。愛莉は自分からそういう生活を捨てて、競技生活に入ったのだった。

今となっては、もう、麗央は絶対に帰ってこないと思い、自分たちが両親のそういった幸せを奪ってしまったのではないだろうかと胸が痛んだ。

「どこにいるのですか?」とチーム半井のスタッフから連絡が入った。

「IDCOから水泳連盟に検査未了の連絡が来ています。ご自分のスマホも確認してみて下さい。一応、申し立てをしておいて下さいね」と言う。

またしても失敗だ。自分は昨シーズンから三百六十五日、自分の居場所をITA(国際検査機関)に知らせる義務があるRTPAになっている。勝手な行動は許されない。改めて思い出した。不自由なものである。母が言っていた不自由という言葉が今さらながらに思い出される。

今回は完全なイエローカードだった。

それでも、麗央の事故原因を解明することへの義務感が愛莉を突き動かした。事故原因を探れば、麗央が今にも隣に来て、何かを教えてくれそうな気がする。スマホを手にすれば麗央からの助言が入ってきそうに思える。事故調査に関わっていれば、麗央とつながっていられる気がする。

「F1の事故はブレーキに原因があったのではないかと思う」

ミシェルはメカニックの責任者に言った。

「半井の場合は、当初の報告書に書かれている通り、単純な操作ミスだった」

それではと、自分の事故のことについて尋ねた。

「コックピットの作業ミスだ。それに前の車にくっつきすぎていたためだ。前後左右の車との位置関係、車のスピード、ハンドル、ブレーキの性能、それらの予測値を常に頭に入れておくべきでしょう。ベテランなのにその辺りが抜け落ちていましたね。魔が差すとはこのことでしょうか?」

別の調査員も尖った声で話に割り込んできた。

 

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