鉄鋳物部門は社長の始めた事業で、社内では聖域化されていた。社内に意見など言う者はいなかった。意見は社長への批判と取られかねないからだ。
しかし、この状態をいつまでも放っておく訳にはいかない。
鉄鋳物からアルミ鋳物への転換
毎月の会議で、工場長に赤字の理由を追及してみても事態は好転しない、と松葉は思っていた。製品開発もままならず、営業からの注文がないので造るものがないでは、工場長とすれば如何ともしがたい。この赤字は構造的な問題だと思っていた。
松葉は意を決して、社長に鉄鋳物をやめて、アルミ鋳物に転換したらどうかと提案した。時代は、「鉄」から「アルミ」に代わろうとしているのではないか、とも言った。すると、
「そうか、そう思うならお前やってみろ」
と、社長からぶっきらぼうに言われた。いきなり丸投げされて、松葉は一瞬困惑したが、言い出した以上は引き下がる訳にはいかない。
松葉は何れ「アルミ」の時代が来る、という確信を持っていたので、さほど、不安はなかった。
早速、鋳造工場の工場長に、社長と話して自分が鋳造工場の責任者を務めることになり、「アルミ鋳物」に転換する旨を伝えた。すると、工場長はいきなり松葉の手を握りしめ「ありがとうございます」と言った。
毎日、眠れない夜が続いたこと、食事も喉を通らない日があったことなど、目に涙を浮かべながら松葉に語った。
そして、安堵の表情を浮かべながら「みんなを集めますので、部長から説明して下さい」と言った。
【前回の記事を読む】製造会社としての始まりは茶筒の製造。資材を使って製造を始め、戦後復興の波に乗る
次回更新は8月31日(土)、8時の予定です。