第3章 貸し渋り

山下名誉教授来社

「先生、もしよろしかったら、明日の便に変更なさって、今晩一晩だけごゆっくりなさいませんか。近くに今評判の温泉もございます」

松葉は、70歳をとうに過ぎたと思われる先生のお体も考えて、そのように勧めた。

しかし、先生は

「ありがとうございます。そのようにゆっくりできるとよいのですけど、明日の午前中、横浜で講演を依頼されています。お気持ちはありがたいのですが……。また、伺うことがあるでしょう」

先生は申し訳なさそうに応えられた。

このような高名の先生の設計による建物に採用頂くことは、何よりも名誉なことだと松葉は考えていた。

「先生、この次は是非ごゆっくりおいで下さい。工場の社員のみんなも、自宅に帰って今回の工事について家族に話しているらしいです。みんなも歴史に残るような仕事に参加したいと言っています」

と西工場長が船山製造課長と顔を見合せながら言った。

「そうですか。皆さんに期待して頂いているとお聞きして、私も元気が出ました。いや元気を頂きました。先ほども申し上げましたが、建築は協力業者の皆さんの力なくしてできるものではありません。このような皆さんにお会いできて本当にうれしく思います。

しかし、発注するのは建設会社ですからね。頑張って下さい。もちろん私は御社を推薦できると思います。今日、工場を見せて頂いて安心しました。また、皆さんの熱意を肌で感じ、御社で製造して頂きたいという気持を強く持ちました」