第3章 貸し渋り
山下名誉教授来社
先生の手先を凝視していた1人が、スケッチし始めた。型の変化を見逃さないようにと必死だ。
「下から見るバラって、こんなではない」と言いながら、木型のバラの上にも粘土を塗りつけた。
松葉たちがよくできたと思っていたバラの型だっただけに、ショックだった。
「被写体がどこにあって、どの位置から見られているのか、常に考えていなければならない」
先生は、小さな声で言われた。
4人のペンが一斉に動いた。
松葉は、今まで提供されたデザインに忠実に表現できればよいと考えていた。社員のみんなもそう思っていたに違いない。松葉は、先生の言葉を反芻した。
松葉は、何度も反芻するうちになるほどと思った。東大寺の金剛力士像の説明をガイドから聞いたことを思い出した。力士像の頭は体の大きさに比して、大きくできている。
力士像を作った運慶、快慶は下から見上げられることを念頭に作っている、との説明を聞いて大いに納得したことがあったが、それと同じ理屈か。確かに下から見上げるバラは、目の前で見るバラとは違う筈だと思った。
先生の発せられた言葉には、まだ深い意味がありそうで、それを理解しようと一生懸命考えてみた。
被写体ってバラだけではない、被写体は無限だ、置かれた環境、季節でも被写体は変化していく、同じものでも必ずしも同じように見えるとは限らない。
先生は、体を右に移しながら、バラの花びらの部分をなぞった。するとどうだろう、木型のバラに深みが出てきたではないか。