『なり上りものの一団』=中産階級は、『他のものを模倣することで個性を失い、あるいは依怙地にそれに執着することでそれを歪めた』と吉田氏は主張した。

個性を失うか、あるいは個性を歪める、これはまさしく本稿の主人公トム・リプリーにあてはまる。「成りすまして成りあがる」、これが彼の選んだ生き方だからだ。

他方で米国ボストン生まれのリプリーは、アメリカン・デモクラシーの申し子でもあった。

彼は自由と平等を建国理念に掲げたアメリカでその価値観を満喫できたはずだった。しかしそうはならずに米国社会からドロップアウトしてヨーロッパへ向かった。

そんなリプリーの考え方や生き方を捉えるためのキーワードが「ジェントルマン=紳士」だ。

「ジェントルマン」という言葉の歴史について、一九世紀フランスの著名な思想家アレクシス・ド・トクヴィルは以下のように述べている。

『イギリスでは、種々の社会階層が相互に接近し融合するにつれて、「ジェントルマン」の意味が拡大されていくのが見られるだろう。各世紀ごとに、この言葉は少し下のほうの社会階層にも適用されるようになっていく。ついに「ジェントルマン」は、イギリス人によってアメリカにも伝えられた。アメリカでそれは、全市民を一様に指す言葉となっている。「ジェントルマン」の歴史は、民主主義の歴史そのものでもある』(『旧体制と大革命』ちくま学芸文庫二二五頁)


1 『太陽がいっぱい』 佐宗鈴夫訳、河出文庫(二〇一六)、原著一九五五年刊

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