詐欺師×スパイ×ジェントルマン

はじめに

本書は、二人の作家が創り出した代表的キャラクター、ハイスミスのトム・リプリーとル・カレのジョージ・スマイリーを論じている。

トム・リプリー論とジョージ・スマイリー論を併せて一冊の本にしたのは、リプリーとスマイリーには共通点があるからだ。彼らは詐欺師とスパイであり、騙したり騙されたり、偽ったり偽られたりする世界で生きている。

また二人は正統派紳士でもある。野心家リプリーは、計画に狂いが生じながらも、田舎紳士に成りあがり立身出世を果たした。

温厚篤実なスマイリーは、オクスフォードで学び、国家官僚となったイギリス紳士だ。

リプリーとスマイリーを併せて論じるときに、筆者が絶えず念頭に置いていたのは、ヨーロッパ近代がつくりあげた社会の構造は、今日われわれが生きている社会と深く結びついているという想いだった。

その想いから、リプリーを論じるときは「ジェントルマン」を、スマイリーを論じるときは「ホワイト・カラー」をと、歴史的に形成された社会集団をキーワードに分析し、人物像と時代背景を重ね合わせることで、キャラクターの魅力がより引き出せるよう努めた。

本書の構成にふれておく。

第一部では、トム・リプリーシリーズ全五作品を三つの章に分けて論じている。

第一章「コンマン&ジェントルマン」では、詐欺師と紳士を矛盾なく生きるリプリーを描きながら、作者ハイスミスはリプリーに託して何を読者に伝えたかったのか、読者はなぜリプリーを魅力的なキャラクターと感じることができるのか、というテーマに迫ろうとした。

あわせて、『太陽がいっぱい』、『贋作』、『死者と踊るリプリー』の三作を連作と捉え論じることで、オリジナルとコピーを峻別することに意味があるのかとか、指輪をめぐる三作間のつながりとか、三部作として読むことで見えてくる面白さを描こうとした。

第二章『アメリカの友人』論では、リプリーを脇役として描いた。

主人公として描くより、黒幕やアシスト役として描いたほうが、彼の不気味さや悪人振りがより活きてくると考えたからだ。

他方で、最初は詐欺の被害者だった主人公ジョナサン・トレヴァニーとその妻シモーヌが、詐欺に巻き込まれたがために、いつのまにか自分たちも詐欺師に転じてしまう世のはかなさも浮き彫りにしようとした。