第三章『リプリーをまねた少年』論でのリプリーは、家出少年フランク・ピアーソンの世話を焼くことに忙しく、詐欺師の彼は影を潜めてしまっている。
二人は互いの告白を通して絆を深めていく。読者は悪意をもたず人に接するリプリーに初めて出会えるだろう。
第二部のジョージ・スマイリー論「スパイはつらいよ」の主眼は、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』のスマイリー三部作をサラリーマン小説の連作として描くことにある。
身を粉にして働くスマイリーを描きながら、作者ル・カレはスマイリーに託して何を読者に伝えたかったのか、読者はなぜスマイリーを魅力的なキャラクターと感じることができるのか、というテーマに迫ろうとした。
また、スマイリー三部作は、彼の上司や同僚や後輩との群像劇でもあり、本稿ではスマイリー以外の登場人物の宮仕えの悲哀にもふれるよう努めた。
スパイも実はホワイト・カラー層なのだと気づかせてくれたのは、007ジェームズ・ボンドだ。
イアン・フレミング『007/カジノ・ロワイヤル』(白石朗訳、創元推理文庫新訳(二〇一九)、原著一九五三年刊)のボンドの言葉―スパイ活動がらみの仕事はホワイトカラー連中にまかせておけばいい―に出会ったとき、「スパイはつらいよ」の構想が一気にふくれあがった。
トム・リプリーシリーズ五作品からの引用は、すべて河出文庫新装版を使用した。引用に際しては「本書」とのみ記した。
ジョージ・スマイリーが登場する八作品からの引用は、スマイリー三部作でハヤカワ文庫の旧訳版と新訳版を併用したり、他の箇所では単行本からの引用もある。区別を明確にするため都度出典元の詳細を記した。
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