【前回の記事を読む】「子どもが苦手だった」看護学生の価値観を大きく変えたのは…

第一章 そして母になる

1.母となり、子の愛を知る

被虐待児と母親の悲しみを知る

小児科の看護師になる! と決め、卒業実習で小児看護を選択し、再び小児科ロング実習へ。そこで出会ったのが、救急医療用ヘリコプターで意識不明の重体で救急搬送されてきた、八歳のH君だった。

H君は腎不全の状態、そして、被虐待児。虐待者は実の母親だった。点滴を引き抜かないように手足を抑制帯でベッドに括りつけられたH君のやせ細ったあざだらけの体が痛々しかった。

この時、私は初めて児童虐待という現実を目の当たりにした。学生の仕事は、またしても子どもと遊ぶことだったが、三歳程度の知能という状況のH君、白衣を見るなり敵意むき出しの子どもと、どうやって遊んだら良いのか?

指導看護師に、H君と仲良くなるまで部屋を出るなと言われ、看護学生とH君は病室に閉じ込められた。

あ~、どうしよう、全然歓迎ムードじゃないよ。それより、どうやって仲良くなったらいい? 絵本も手遊びも振り向かない。何をしても無視される。ダンマリを決めたらしく何も言わない。こうなったら持久戦。どっちが先に静寂を破るか。H君の横で私も何もせず黙って座っていた。

でも、さすがに子どもの方が我慢の限界は短かった。H君がティッシュペーパーを引っ張りだして遊び始めた。よっし、これだ! と、私も一緒にティッシュペーパーむしりを始めた。

H君は、「なんだコイツ?」みたいな顔をして私を見たが、私は「あれ、看護師さんのほうが早いぞっ!」と、ティッシュむしりを挑発した。すると、乗ってきた! H君が負けじと、ティッシュむしりを始めた。

一箱、あっという間になくなって、今度はお互いに一箱ずつむしりあい競争。私の方が先になくなった。

「ははは、私の勝ちだ!」というと、大人気ないぞっ! と言わんばかりに私を見たH君は、むしったティッシュをさらにちぎって、今度はちぎりあい競争が始まった。

ベッドの上に雪のように積もったティッシュペーパーの山を、H君の上に雪のように降らせると、H君が初めて笑った。H君は豪雪地帯で育った子だ。雪遊びはきっと好きだったのだろう。可愛いその笑顔を見たくて、何回もティッシュふらしをして、二人して遊んでいるところに、看護師長さんが来て思い切り怒られた。

う~、仲良くなって一緒に遊ぶという指令は果たしたのに、と思いながらも、怒られている私を見てH君がくすくす笑っていた。この人は白衣を着ているけれど看護師さんじゃないらしいと受け入れてくれた。そうしてすっかり仲良くなって私のケアも受け入れてくれた。