第四章 振り子の行方

静かに抱きしめ返してくる亜希子の背中をさすりながら、春彦は郁子とよく似た亜希子の温かさが二年の間にうらぶれた心をほぐしていくのを感じていた。あの日、同じように郁子を抱きしめられていたのなら、という思いと、もはや悲しみを共にする同士である亜希子が、どうしても春彦の脳裏で交錯するのだった。

気が付くと、春彦は思いの丈を込めた口付けを、亜希子にしていた。

その口付けに応じている自分を、亜希子は意外に思っていた。この感情は何なのだろうか。あっという間に消えてしまったその僅かな光に覚えがあるはずなのに、亜希子はそれが何なのか思い出すことができなかった。

このままでは、きっと取返しのつかないことになるだろう、と春彦は頭の片隅では考えていた。

亜希子は郁子ではないということも、十分に理解しているつもりでいた。

ところが、それとは裏腹にまるで司令塔が別にいるのか、はたまたそれがプログラミングされた行動であるかのように、春彦の身体は勝手に動いていた。

春彦はソファーまで亜希子を連れていくと、そこにそっと横たえた。

先ほどから泣き続けている亜希子も、それに抵抗することはなかった。

そっとはぎ取った衣服の下から現れた亜希子の肢体は、春彦の目には余りにも美しかった。

春彦が慌てて閉めたカーテンの隙間からソファーに差す西日が、亜希子の背を照らしその輪郭を白く浮かび上がらせていた。覆い被さるようについた春彦の腕が、断続的にソファーのスプリングを軋ませた。