第四章 振り子の行方

郁子に対しても、両親に対しても、亜希子はずっと頼りになるお姉ちゃんを演じ続けてきた。

母佐知子はそんな亜希子を信頼してか、郁子のことは亜希子に任せきりだし、寝たきりの父邦夫は甘ったれの郁子が独占していた。亜希子自身が頼るところといえば、悟以外ではそれは自分自身でしかなかった。

『しっかり者で、一人で何でもできてしまう自分』という偶像を作り上げ、確立していくしかなかった。そのために費やした多くの時間や並々ならぬ努力が、亜希子を同じ年頃の友人たちからも遠ざけた。

今まで守ってあげなければならない、か弱いと思っていた妹の郁子こそが、実は自分よりも遥かに恵まれていた。その妹から少しぐらい奪ったところで、そのどこに問題があるというのだろうか。

そう思うと亜希子は隠すどころか、その目の前で春彦を更なる深みに誘おうとした。

今は手も足も出せずに自分の夫と姉の行為を眺めているだけの郁子と、こんなにも堕ちた姉である自分を思うと、こみ上げてくる何かを抑えきれずに、亜希子は春彦が驚くほどの大きな声で嘲笑っていた。

その瞬間、まるでその堕落を非難するかのように、力なく崩れ落ちる郁子の姿が亜希子の視界に映し出された。

亜希子は顔を背けると、強く目を瞑った。次の瞬間、一人の人間が床に崩れ落ちるにしては余りにも軽すぎる、まるで紙くずか何かを床に叩き付けるような音が、亜希子の鼓膜を揺すった。

亜希子にとって郁子とは何の重みももたないような、それほどまでに希薄な存在だったのだろうか。堪らず見開いた視界に、亜希子が先ほどまで身体を預け快楽を貪りあっていた男はいなかった。