第五章  思い出

「悟くん、私、何であんなことしちゃったのかな?」

つま先から踵へ踵からつま先へ、まるで振り子のように揺れる身体に合わせて、プリーツのスカートが可愛らしく揺れていた。

中学からの帰り道、同じ制服を着た女子が私服の若い男三人に絡まれていた。

この男たちは、大学生なのだろうか。

『いっぱしの社会人とも思えない、ちゃらちゃらした嫌な感じの男たちだ』と、亜希子は思った。

こういう時に亜希子は考えるよりも先に身体が動いてしまう質で、そのことで割りを食うことも多かった。つい仲裁に入った亜希子だったが、その男たちのせいでアスファルトに膝をつき、引きずられた膝に大層な擦り傷を作ってしまっていた。

だというのに庇ったはずの女子はもうおらず、亜希子一人が取り残されていた。亜希子は身体を揺することを、いつまでもやめられずにいた。

絆創膏を貼ってくれた悟の手のぬくもりを思うと、止められなかった。

「悟くん、私のこの癖は、出会ったあの頃からなんだね」

亜希子は、懐かしい思い出のシーンを辿りながら一人つぶやいた。あの日、亜希子は庇ってあげたはずの女子に置いてけぼりを食らい、今日は春彦に置いてけぼりを食らった。

「悟くん、悲しい時は泣いて、嬉しい時は笑って、誰かを好きになって……。私にはそれがないよ」

亜希子は、悟との多感だった日々を懐かしむようにつぶやいた。天を仰ぐと藍色のグラデーションが微かに残る西の空に、自らの手の平をしげしげと透かし見たところで、亜希子にそれが解るはずもなかった。

気が付けばあれほどの痛みを、いつの頃からか亜希子は感じなくなっていた。

大人になるということは何事にも動じずに、自らの知識と経験に則って冷静に対処できるようになることと、少しはその理想に近づけたのだと思っていた。