いつまで生きられるか誰にも分からない。明日、病状が悪化し、入院することになるかもしれない。だから、今日という日を精一杯生きよう、一分一秒も無駄にすることなく生きよう! 私は自分自身にそう言い聞かせた。
引っ越し当日の朝、娘は学校に行き、千恵は、
「今日は、抗がん剤投与の日だから、そろそろ病院に行かなくちゃ」
「パパ、引っ越し、一人で大変だと思うけど、よろしくね」
「あと、ありがとう」
そう言って、病院に向かった。もしかしたら、この日を三人で迎えられないのではないかと思ったこともあった。この場所は、私には仲の良い知人や知り合いも近隣にいなかったため、離れることに未練はないが、美味しい店もいくつかあり、住み慣れたところだった。
千恵は逆に、仲の良いママ友がいっぱいいたからこそ、早くこの場所を離れたかったのかもしれない。
都内での新しい生活が始まった。会社までは徒歩通勤となった。ある日、会社からの帰宅途中で知人と会ってしまい、
「こんなところで何してる?」と言われ、
「帰宅途中、最近この辺りに引っ越ししたんだ」
「往復の通勤時間がもったいないし、娘も都内の中学に通わせているから……」
と苦し紛れの言い訳をした。その知人に、私の妻ががんになり、病院や会社に近いところを選んでここに引っ越したとは言えなかった。軽はずみに、がんという言葉を口にしたくなかった。
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次回更新は8月30日(金)、16時の予定です。