その1 始まり
30番台教室自主使用まで
私は、大学に入ってすぐに、「社会経済研究会」という『資本論』を読むサークルに入った。当時の言い方を借りれば、いわゆる「部室のないサークル」であった。
東北大学の第1サークル棟などで、読書会の度に事務棟で鍵を借り、冬になると、時代遅れの古い真っ黒な石油ストーブをつけて暖をとる。このようなどこかわびしいサークル活動であった。
私がどうしてこのサークルに入ったかというと、現代社会を知るためには、経済学を勉強することが大切だと思ったからだった。複雑な現代社会は、もはや感性だけでは把握できず、何かの社会科学的な方法が必要だと思われた。
この点で、歴史的に現代社会の存立構造を明らかにしてくれそうな、カール・マルクスの『資本論』は、きっと何らかのヒントを与えてくれるはずだった。
このサークルには、司法試験を目指している一人の法学部の学生もいた。私は、なぜ、弁護士を目指し、毎日図書館で長い時間過ごして、司法試験の準備に熱心に取り組んでいる学生が『資本論』を読むのか、とても興味があった。
「どうして『資本論』を読もうとする気になったのですか」
「弁護士という仕事は、どちらかというと体制を守る仕事のように思われている。でも、それが自分にはすごく嫌なんです。確かに、現行の法律を解釈し、その中で問題解決の道を探っていくことになる。
でも、どうしてこの法律が作られたか、という歴史的な視点で見ると、法律も新しく、流動的な視点で見えてくる。『資本論』を読むと、現在の法律が、決して太古の昔からある普遍的なものではない、というのがわかってくる。
資本主義体制ができてから現行の法律が作られ、その歴史的・特殊性の中から生まれた。このように法律を考えてみると、弁護士という仕事が、決して体制的で窮屈な仕事ではなく、もっと自由な視野が開けてくるはずです」
私は、1年間ほどかけて、法学部や経済学部の仲間とともに、『資本論』をレジュメなどを作りながら読み進めた。そして、ようやく、全3巻の中の第1巻を読み終えるところまで到達した。
ちなみに、チューターを兼ねた顧問は、大内秀明(経済学)教授であった。当時は知るべくもなかったが、運命の歯車により、後に、紛争収拾の最終局面で、急遽、教養部長として登場することになる。
大内教授はなかなか気さくな人で、年に1、2度行われる「社会経済研究会」の打ち上げにも、よくウィスキーを持参して駆けつけてくれた。そして、学生の質問にもていねいに答えてくれた。
「大内先生は、日本を代表するマルクス経済学者である宇野弘蔵の弟子だと聞いています。ところで、宇野弘蔵の『原理論』『段階論』『現状分析』という3段階理論というのは、世界的にも受け入れられているんですか」