1 発端

―外国人技能実習制度―

「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的としております」(厚生労働省ホームページ)吉岡はインターネットでこの言葉を調べていた。

政府のホームページには、発展途上国の若者を日本に招いて、日本の最先端の技能を学びながら収入を得ることができる制度であるとの紹介がなされていた。一方でマスコミや NPO団体のホームページには、技能実習生は安い給料で酷使され、単純労働者のバックドア・サイドドアとして機能しており、労働法を守らない企業が多い問題の多い制度であるとの記述が多数掲載されている。

しかし、国際貢献のための制度という言葉になぜか強くひかれており、外国人技能実習制度を運営する監理団体での仕事が気になって仕方なかった。

思い切って大学に求人票を出していたB監理団体の面接試験に申し込んでみた。監理団体の面接に出てきたのは、いきなり団体トップの理事長だった。

「君は途上国支援に興味があるようだね。TOEICの成績もかなり高いし、うちにとっては即戦力になりそうだ。途上国の人材育成・支援の仕事をやってみたいかね」

「ええ、是非やってみたいと思います」

「それなら結構。採用を決定する」

自分でも拍子抜けするほど、あっさりと採用が決まった。

吉岡は都内の中堅大学の学生。

特に強烈な個性や特徴のない、ごく普通の学生であった。大学入試では第一志望に落ち、滑り止めの滑り止めといった大学(国際関係論専攻)にかろうじて合格した。本当は浪人して第一志望に行きたかったが、家庭の事情がそれを許さなかった。父親からは「うちは家計が苦しいんだ。わかっているだろう。だったら行く気のない大学をそもそもなぜ受けたんだ。受験料だってばかにならないんだぞ」と怒られた。

そんな感じで入った大学だったから、サークルにも入らず、友人もほとんどできなかった。ただ国際関係論には興味があり、その種の科目は熱心に受講し、勉強していた。高校時代から英語が好きだったので、暇さえあれば、英米ドラマやハリウッド映画ばかり見て過ごしていた。

その甲斐もあってか、3年生の初め頃には、字幕なしで英語ドラマの内容がわかるようになっていた。大学で受験が義務付けられていたTOEICも、870点という高得点をマークしていた。英語教師の教員免許取得のためのカリキュラムの履修も行っており、教員免許を取ることができた。