其の一

その日の夕刊に小さな記事が載った。

『本日午後二時頃市内の××小学校で改修工事前の備品整理を行なったところ、一階の理科標本室から人体骨格標本一体が紛失していることが判明し、校長が警察に届け出た。

当該標本は理科用教材として同室に保管していたもので、いつ頃紛失したのかは不明。この件については事前に匿名の通報もあり、警察は盗難の疑いもあるとして捜査する方針。なお同室には外側から鍵がかけられていた』

渋谷医師は今頃何をしているのだと舌打ちした。そんな物探したって見つかりっこないと思ったのだが、ふと妙な顔つきになった。目の前の骸骨を凝然と見つめて、こいつがここにあるのだから、面倒なことになりかねないと思ったのである。

骸骨には別に番号はついていなかったし、標本はいずれも似たり寄ったりだ。現にこれが小学校の物だと断定は出来ないはずなのだが、今これを物置に押しこむのも不味かった。あらぬ嫌疑を招きかねなかった。

それよりも事前の通報とは何のことだろう、誰がそれに気づいたのだろう。「ううむ」と一声唸ると、彼は考えこんでしまった。

だが記事の反響は思わぬところで起こった。街で妙な流言が広まったのだ。あれは盗まれたんじゃない、自分で抜け出したのだという説が方々で囁かれ始めたのである。昔の幽霊話が真しやかに語られてみたり、あの標本は実は本物の人骨だったという話も出てきた。

タクシーの運転手は深夜小学校の周りをうろつく白骨を見たというし、新聞配達の少年は朝霧の中で何度か骸骨を見かけたと告げた。さらには最近見かけなくなったが、市外のトンネル工事に立っていたガードマンが消えた標本の正体なのだと言う者も出てきた。

消えた標本がアルバイトをしていたという説に至っては市民の失笑を買ったのだが、そうした流言は患者の口から渋谷医師の耳にも届いた。中には衝立ての骸骨をしげしげと眺めて、「これが実は例のヤツ、なんてことはないでしょうな?」などと言う者も出てくる始末で、ほとほと困惑してしまった。

流言は当たらずとも言えず、遠からずとも言えなかった。何とか手を打たなければと考えるのだが、どうしたものか見当もつかなかった。