第一章 一年発起 〈二〇〇五年夏〉大山胖、編集主任に
「来年(二〇〇一年)、日刊商業ジャーナルと東京工業日報を合併させる。記者として来ないか?」
「スカウトですか、この花形記者に向かって?」と軽く、いなす。
「今の古い体制のメディアにいても、うだつが上がらないだろう。合併して新しくつくるビジネス新報は、紙の新聞を中核に、さまざまな新しいメディアの複合体にする。二十一世紀型の新媒体だ。君には枢要なポストを用意する」
「今の会社でも枢要な位置にいるつもりです」。
まんざら嘘ではない。とはいえ、胸を張って自慢できる存在でもない。
「消息筋によると、上司としょっちゅう、衝突しているそうじゃないか。そんな環境では十分に実力を発揮できないだろう」
ムッ。どこで聞き込んできたんだ。安酒場で上司に箸袋を投げつけた一件でも探知されたのか?
虚を突かれながらも「新聞社って魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界です。所詮、衝突と葛藤(かっとう)の修羅場ですから。対人関係の軋轢(あつれき)なんて山ほどありますよ」とかなんとか挽回を試みる。
「きょうとは言わない。新媒体の事業計画だ(書類をテーブルに放り出す)。君の労働契約書の案もつけておいた。肩書は編集主任だ。読んでみて来週、返事をくれ」
冊子を受け取り「ずいぶん、手回しがいいですね。拝見します」。
胖が言い終わらないうちに、相手は伝票をつかんで席を立っていった。驕慢(きょうまん)で不遜(ふそん)なヤツ。