第一章 一年発起 〈二〇〇五年夏〉大山胖、編集主任に
鷲尾「なにやら、大きな獲物を追っているようだが? 書けそうなネタは?」
胖「例のテレビ局絡みの一件は続報でつなげそうです。ハゲタカと獲物……いや、投資ファンドや買収先の企業を回っています。M&Aの潮流の変遷を読みもの風にまとめるつもりです」。
あとで思い起こせば、この大将、テレビ局をめぐる買収合戦に話が及ぶと、アドレナリンが横溢 (おういつ)したのか顔の色がリトマス試験紙のようにサッと変わった。素知らぬ態(てい)を装ってはいたが、不自然な瞬(まばた)きをしていたような気がする。
鷲尾「チーム医療は機能しているのか? 高いスカウト料を払って専門家を引き抜いた割に成果が上がっているとは言い難いな。夢の新薬開発とか、度肝を抜くようなニュースはないのか?」。
相変わらず、直感力で生きているだけのことはある、と舌を巻きながらも巧みに焦点をぼかす。
胖「有能な人材をスカウトしてもらって、陣容は強化できました。ただ、他紙に比べると総合力で劣るのは否定できません。癌とか脳梗塞とか焦点を絞って体制を組み替えたところです」
鷲尾「大山の伯母さん……佐多……松子さんだったな。すぐそこの都立三田病院に入院中だろう? 具合はどうだ?」
胖「言っていることは理解して、受け答えもしっかりしています。ときおり意識が混濁 (こんだく)することもありますが、ご心配には及びません」
鷲尾「一時、血栓を溶かす効果がある、といって話題になったことがあったな。脳梗塞や脳血栓の夢の治療薬と騒がれた。実用化目前じゃないのか?」
胖「tPAとか言いましたかね。でも、副作用が大きいと医学界は否定的です(むむ、ここでも勘所 (かんどころ)を外していない)」。
いまさらながら油断のならない統帥の嗅覚の鋭さに胖は瞠目 (どうもく)した。この創薬をめぐっては海外を巻き込んだ特許紛争や企業買収合戦の噂が絶えない。
「誰から、そんな話を聞いたんですか?」との問いは飲み込む。答えたくない問いには逆質問ではぐらかすのが、この人の常套 (じょうとう)手段だ。質問を逆手にとって相手を怒らせ、必要以上の情報を自白させる手練手管(てれんてくだ)が真骨頂と言わねばならない。