第一章 一年発起 〈二〇〇五年夏〉大山胖、編集主任に

式守啓介(しきもりけいすけ)編集長(五五)「あすの新聞が楽しみだな。こんどの戦後六十年連載特集は劇的な幕切れにしてくれよ。三世代の早慶戦っていうタイトルだろ。君お得意の歴史蘊蓄が読みたいね。まさか、源平の戦いや関ヶ原は出てこないと思うが(何やらごそごそ調べていたようだ。お手並み拝見といこうか)」

大山胖(おおやまゆたか)編集主任(四八)「まだ、試合は五回の表ですよ。もっとも、プランAとプランB、二通り想定しています(取材の途中でプランBに軌道修正している。あとは、描いた竜に眼睛(がんせい)を入れさえすれば、描いた竜が天に飛びたつ。画竜点睛といくはずだ)」

式守「裏面から見る経済事件簿の方はどうだ。バブル三悪党伝は突破口が見つかったのか?(手あかのついた焼き直しはまっぴらごめんだ。読者が知らない新鮮なネタがないと辛い)」

胖「正直いって、難航しています。古い話とはいえ、関係者の口は堅い。昔の取材先に探りを入れているところです(三悪党の看板は掛け替えざるをえない。しかし黒幕三人は炙りだせた)」

式守「異説・経営論は斬新な切り口で読者に驚くようなエピソードを発掘してくれ。くれぐれも、ひとりよがりにならないようにな(できによって読者の反応が大きく違う。部数や収益にも響く。このところ、迫力不足は否めない)」

胖「編集チームの総力を挙げて候補企業を見直しているところです。若い連中も張り切っていますから(異説にこだわりすぎているかもしれない。昔の取材メモ帳をもういっぺん、ひっくり返してみるか)」

式守「ところで、先週の御前会議は無難に切り抜けたのか? 大将も勘だけは滅法いいからな」。大将というのは、彼らの「ビジネス新報」オーナーである鷲尾瑛士(わしおえいじ)(三六)を指す。

胖「想像にお任せします。大将の狙いは明白でしたが、言質は取られていません(すこぶる勘が鋭いことは認める。気になるのは情報が漏れているかもしれないことだ。孫子の兵法でいう間者(かんじゃ)の五類型じゃないけれど、どうも「内間(ないかん)」がもぐり込んでいるような気がしてならない)」

この一見かみ合わない、腹の探り合いじみたやり取りを、口さがない連中は、こっそり陰謀会議と呼んでいる。ところは千代田区神田鍛冶町の雑居ビル四階にあるビジネス新報社の一部屋。編集長と編集主任が三つのテーマに沿って新聞紙面の作戦会議というわけだ。

先週、大山胖は育ての親である伯母の佐多松子を病院に見舞ったあと、ほど近い高層ビル、通称「六本木御殿」にいた。ここには新興企業や成り上がり事業家が群れをなす。オフィスと住居を兼ね備える瀟洒(しょうしゃ)な殿堂の二十二階で胖はオーナーの鷲尾と対峙していた。