甘ったるいコロンの残り香(が)さえ鼻につく。しばし、喫茶室で沈思黙考(ちんしもっこう)する。ふーっと、ため息をつく。天井を仰ぐ。なかなか書契(しょけい)に目を通す気にはなれない。
上司との衝突は今に始まったことではない。そもそも最初の赴任地では、ゴルフと宴会だけにやけに熱心な支局長とほとんど口もきかなかった。
東京に戻っても、取材とか記事や読者の反響には一切、目もくれず、己の立場でしか発言しない管理職に歯向かった。夜討ち朝駆けの最中にポケットベルを鳴らしまくる。何ごとかと電話すると、あとでもいい細かい確認だったりする。
もちろん、尊敬できる先輩も少なくない。原稿を書き終わって一服していると、「さぁ、繰り出すぞ」とベテランの敏腕記者加藤周作(かとうしゅうさく・五五)のお誘いだ。
古今東西の古典や歴史に通暁(つうぎょう)するその博識ぶりに舌を巻く。大酔すると、京大時代の「闘士」の姿に豹変(ひょうへん)する闘う新聞記者の典型だ。
十数年前から企業買収や国際的な天然ガス田開発プロジェクトの共同取材で薫陶(くんとう)を受けた「心の師匠」。JR神田駅のガード下で焼鳥を肴に「暁(あかつき)の反省会」が始まった。
「つまらないことで、上司とやりあうな。男を下げるぞ」
「つまらないことだとは思いません。言ってやらないと、彼も気づきません」