明るい葬式

悲しみを押し殺して、明るく振る舞う参列者に、天国の丸井泰三は思わず涙が出そうになった。

「いやいや、いかん。私が泣いてどうするんだ」とひとり言。

けれども天国という場所は、下界の人たちの姿・形や話している声はわかるのだが、心の中まではわからないようだった。

実は妻の典子にとって、丸井泰三の死は願ってもないことだった。

典子は、泰三より年齢が二十歳も若かった。派手好きな女で、もともとは泰三が足繁く通っていた銀座のクラブで働いていたホステスだった。

仕事一筋で家庭を顧みなかった泰三は、前妻のがんに気づいてあげられなかった。前妻が亡くなったときの落ち込みようは、はたから見ても痛々しいほどだった。典子はその泰三の心の隙間に、ここがチャンスとばかりにつけこんで、後釜に座ってしまったのだ。

泰三はまったく気づいていないようだったが、典子はパートナーの河合隆行と不倫関係にあった。

“これで彼と結婚することも可能になる”

典子には、夫の死を悲しむ気持ちなどひとつもなかった。それどころか多額の遺産による、夢と希望に満ちた贅沢な将来を思い浮かべ、自然と笑顔になっていただけだったのだ。

その河合隆行にしてみても、丸井泰三に対する悲しみの念など皆無といってよかった。彼は若くてハンサムな青年だった。しかし、子供の頃から貧乏で、自分の美貌を利用して金持ちになることしか考えていないような男だった。

社交ダンスの講師を目指したのも、金持ちの未亡人でも騙して、金儲けができるのではないかという期待からだった。年寄りの夫を持つ典子のダンスの講師となり、パートナーとなると、最初はお小遣いをもらうようになり、ついには愛人契約を結ぶに至った。

“泰三が死ねば、遺産の多くが典子のものになる。典子から泰三の遺産をいくら引き出してやろう。金使いの荒い本命の彼女へのプレゼント代をいくら搾り取ってやろう”

つまり隆行は、泰三が早く亡くなるようずっと願っており、今回の泰三の死を心の底から喜んでいた。隆行の表情に笑顔が浮かぶのは、当然のことだったのだ。

娘の佳代子は佳代子で、夫の投資の失敗により家計は火の車だった。抱えた借金も返済不能寸前という、自己破産を考えざるを得ない状況に陥っていた。

佳代子は典子の娘だ。見栄っ張りで派手好きな性格は、母親からしっかりと譲り受けたようだ。泰三からもらった資金を元手に、投資会社を設立し、サラリーマンだった夫をその社長に据えていた。

しかし、もともと投資の経験などまったくなかった夫は投資に失敗し続け、それを取り返そうと無理な投資をさらに繰り返し、借金を膨らませていたのだ。

実は遺産目当てに父親の殺害計画まで話し合っていたくらいで、父親の死は願ったり叶ったりの出来事だったのだ。

“人殺しにならずに、お金が入ってくる”

それを想像するだけで、佳代子は笑いが止まらなかった。