しかし、魚が見えるということは魚も人間が見える。見える魚は釣れないとはよく言われることだ。それでも、雨の日も風の日も毎日毎日根気よく磯釣りに出かけた。何匹か釣れる日もあるが、さっぱり釣れない日もある。
結局、エサは自分で掘って取るにしても仕掛け代や配合餌代には金がかかり、実際の利益といえば船の時には遥かに及ばない。しかもその日によって釣果がまちまちで収入が安定しない。
悪い釣果が続くとすぐにそれは智子の知ることとなる。
「お父さん、最近どうしたの? 不漁続きじゃないの、こんな日が続いたら貯金で食い繋ぐしかないけど、海難事故でいっぱい貯金下ろしたからもう残金が心もとないよ」
この智子の何でもない言葉から一家の不幸が始まることになる。
「うるせえ!」
祐一はカチンときたのでまず怒鳴った。自分のパニック障害の辛さは妻にも言わない。絶対口が裂けても誰にも言わないと心に決めていた。祐一はこの何とも表現の仕様のない辛い症状を一人で抱え込んでしまっている。
魂が頭を突き破って離れていきそうなことまではわかるが、それをはるかに超える精神的異常状態である。誰にも症状について話さないから誰からも理解してもらえる訳がない八方塞がりだ。
【前回の記事を読む】泥酔漂流事故は一瞬にして人口僅か213人の島の隅々にまで知れ渡り「島の恥」と陰ではささやかれ、学校では「酔っ払いの子」といじめられる辛い日々