急に物わかりが良くなったというか、都合が良くなったので祐一は、手を出したことを謝った。

「お母さん、ごめん」とこの時にはまだ、妻に暴力をふるったことに罪悪感はあった。

「もう、悪い思い出は忘れましょう」と、智子が優しく言った。このようにこの時点ではこの一家は修復可能な状態であった。

祐一は、漂流事故以来、もう、パニックが怖くてたまらず船に乗れなくなってしまった。自分の命といえる船をクレーンで陸に上げており、陸に上がった漁師となったのだ。しかし、いつか乗れる日が来るかもしれないという思いがあり、船は売らないままだった。

初めてパニック症状が出てからもう20年近く経つが、祐一は誰にも知られることなく闘い続けていた。心底、自分の不幸な症状は完治する訳がないと絶望していた。

しかし。智子だけでは一家が食っていけないのを祐一は百も承知なので、船は陸に上げたままにして島内の磯で磯釣りをして何とか漁業で食い繋ごうとした。

陸からでも魚影の濃い沖ヶ島でなら仕掛けや配合餌など、工夫次第で一家の食い扶持ぐらい稼いでやるという安易な考えというか、根拠のない自信を持っていた。

何しろ島の周りの海の透明度は30メートル以上あるといわれ、どこまでも透き通っているので、魚がいっぱい磯の上から見える。黒潮流れる海だ。熱帯魚もいっぱいいる。色彩豊かなチョウチョウウオ関係にベラの仲間。