「良ちゃんは、本当に母親想いの人でねぇ」
男性の語りは続く。
「お母さんが一年前に亡くなられてからも、いつも月命日にはここに来てね。母親の代わりだと言ってこのお地蔵さんを拝んでいる姿をよく見かけたよ」
「そうですか。それは知りませんでした」
櫻井氏はここの住民とうまくいっていた。この様子だと、近所で何か揉め事があって櫻井家が放火されたとも考えにくい。
その点、二軒目の火事は放火という事実がはっきりしているだけに、あずみは少し異質なものを感じた。同じ団地内の火事とはいえ状況が真逆なのだ。本人による失火と故意による放火。本当に偶然だろうか……。
あずみは、男性と真琴が櫻井氏の思い出話をしている横で、自分だけの思索にこもっていた。男性の思い出語りは続く。
「良ちゃんは、あれだけの事業を興して偉くなっても、いつもここに来る時は高級車を横付けにすることもなく電車で来ていたみたいだしなぁ」
男性が更に感心した様子で、真琴に話している。あ、そうだ。車だ。
「あの、車ですけど……」
あずみは、男性と真琴の話を遮るかたちで、気になっていたことを問うた。
「この住宅の中までは、車は入れませんよね。表通りに面したところに路駐するわけにはいかないでしょうから、みなさんどこかに駐車場を借りていらっしゃるのですか?」
あずみは歩いてきた路地を振り返って言った。
男性は答える。
「ああ、そう。この路地に車は入れないからね。そもそも、今みたいにマイカーを持っている人が少ない時代に建てた家が多いから、当時は駐車場を確保する必要もなかったんだよ。実際、車を運転する住民と言っても、今は数えるほどしかいないけどね」
この辺りで車を所持している人は、表通りの先に空き地があり、そこに数台停めてあるだけだという。ここに来るときに真琴も停めてきた駐車場だ。
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