一か月前の火事のことも何か有力な情報が得られるかと思ったが、男性は自宅を留守にしていたという。それでは、何も気付かなかったかもしれない。

「ここの団地は、夜もひっそりとしてほとんど人通りが少ないのでしょうね」

「そうだねぇ。この辺りでは、もう空き家になってしまっている家も多いからねぇ」

男性は疲れてきたのか、祠の傍に置いてある小さな木のベンチに座って話し出した。

この寒い朝の時間帯に立ち話もそろそろ限界と思えるが、男性は着込んでしっかり防寒をしてきたようで帰る素振りはみせなかった。それより身近に話ができる人間がいることのほうが嬉しいらしい。

「うちが良ちゃんのところと二軒隣で、その間に杉山さん宅があって、そこも今は施設に入っておられるから留守だし……。今回の火事の住宅は、もう随分前から空き家だしねぇ……」

あずみの推理は当たっていた。櫻井家の隣の住民は、四年前から施設に入っていた。

「それでは、父もあまりご近所の方と接点はなかったでしょうね」

「いや、そうでもなかったよ。良ちゃんのところには庭に大きな柿の木があったろう?」

今は更地になっているが、庭には大きな柿の木があったことを真琴は思い出した。

「ええ」

「うちにも母親がいるんだが、毎年、うちの母にどうぞと言って、柿を持ってきてくれてねぇ」

男性はしみじみと語りだした。

「へぇ。そうだったのですね」

いつも家では大企業のトップの顔でいることが多かった櫻井氏の、意外な一面だった。