【前回の記事を読む】「前回は失火、今回は明らかな放火。偶然同じ団地内だっただけで関連性は薄いんじゃないか」刑事の義兄はそう言うが…
3 課題
啓介は黙って聞いている。
「真琴もそれを聞いて、正直ほっとしたんじゃないかな。だって父親がもし誰かに恨みを買ってあんな亡くなり方をしたのだったら誰だってショックだもの」
「そうか……」
啓介はそうつぶやいて何か言いたそうだ。
「ん? お義兄さん? 何か気になることでも?」
啓介もテレビ画面に目を移した。そうして意識をそらすことで、言いにくいことを直球で伝えない工夫をしているように思えた。
「いや。たとえ事故だからと言って、恨みを買っていない理由にはならない……」
「は?」
啓介も遠慮してか聞き取りにくい声でつぶやいた。あずみは聞き逃さなかった。
「恨みを買っていない理由には、って。ほかに何か怨恨とか結び付くことがあるの?」
慌てて聞き返す。
「確かに仕事関係とかの敵は多いだろうけど、でも、あの火事は誰かに狙われてというより、あの晩、突発的に起こったことなんでしょ? 今、放火じゃないって……」
「ああ、そうだ」
発生状況としては確かにその通りだ。外部からの放火はあり得ない。それは鑑識の結果からみても明らかだ。だが、啓介はそれ以外のことを知っている……。
「ねぇ、真琴には言わないから、気になることがあるなら教えてよ」
啓介はしばらく黙っていた。
「真琴のことで気にしているなら大丈夫よ。真琴は案外あれで、タフなお嬢様だから」
関根教授とのやりとりからしても、相当心臓が強くないと現代のお嬢様はつとまらない。
「そうだな……」
啓介もあずみが諦めるわけはないと観念したようだ。
「もしかして、おじさまはなにか家庭内で揉め事があったとか?」
「そうだな。いや、表向き、家庭内では揉め事はなかったように見受けられる」
啓介は曖昧に答えを濁す。
「は? 見受けられるって? 別に家庭内に揉め事がないのはおかしくないよね?」
しばらくふたりの間が空いた。啓介は続ける。
「あそこまでの裕福な家庭で、揉め事もなく、主人は清廉潔白、妻は従順、息子は優等生。あまりに非の打ちどころがなさすぎるだろ」
あずみはそうかと思った。いまどきそんな家庭があるだろうか……。
「確かおじさまには恋人がいたのよね?」
以前、啓介と話していた時に、そのようなニュアンスでの話があった。
「そうだ。いたらしい。だが、その女性との関係はそれほど親密というものではなかったようだ。どちらかと言えば、ドライな仕事の延長のようなものだった」
あずみは首をかしげる。ドライな仕事の延長って何?