「……つまり、櫻井氏の恋人は、会社の秘書の女性なんだ」
ああ、そうか。秘書の女性。だから仕事の延長?ということは、その女性がいわゆる妻の座を狙って妻を殺害……。
いや? 妻は殺されてはいない。反対に恋人であるその本人を狙うとは、それでは一円も遺産が転がり込んでこないではないか……。
あずみが先々の想像をたくましくしている横で啓介は続ける。
「しかも、奥さん含め、櫻井氏の恋人の存在を家族はみな知っていたらしい」
「ええっ?」
あずみは先ほどまでの想像が一気に吹っ飛んでしまった。
「ということは、つまり……その恋人の存在は家族が全員認めていたってこと?」
啓介の視線がテレビ画面に移る。都合が悪くなると視線をそらす啓介だ。あずみは真琴の見方を改めなければと思った。タフなお嬢様というより、まるで超合金のお嬢様だ。家族公認の恋人なんてススンダ考え方なのかもしれないが……。
「それで、その恋人があやしいっていうの?」
あずみは気を取り直して質問を続けた。
「いや。その秘書の女性にはアリバイがある。火事の夜は、親戚の不幸があり金沢の実家に帰省していた。翌日知らせを受けて、朝一番の飛行機でこちらに戻ってきたのだ」
「ということは……」
「ああ。この地方中都市のM市から北陸の石川までと言えば、夜の間に移動できる交通手段はないはずだ。唯一、直通便がある飛行機を利用すれば乗り換えはしなくて済むが、それでも夜には便がない」
そうか。その女性の移動は不可能だったということか……。
「いずれにしても、秘書の女性が、火事のあった夜から翌日の朝にかけて金沢を離れていなかったことも、複数の証言がとれている」
啓介は静かに言葉をついだ。あずみは首をかしげて、
「それなら問題はないよね。その女性に関しては家族でも容認されていて、事件とは直接関係しなくても、何かほかに気に掛かることでもあるの?」
あずみは、啓介の返答を待った。
「その家族公認の恋人というのが、普段はまぁ、櫻井家にとっては複雑な関係だと思うのだが……」
「うん。そりゃ、そうよね。恋人だってことすでに家族にもバレてるのを、仕事上では表向き社長の部下として接していかなくてはならないのが……」
あずみにはよく分からない世界だ。本音と建前ってやつか。
「それで、その女性がここ最近、櫻井夫人と何度か個人的にコンタクトを取っていることが分かったんだ」
「え?コンタクト?それじゃあ、つまり、あの、本妻と愛人の対決……みたいな?」
あずみもテレビドラマの見過ぎのようだ。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
【イチオシ記事】何故、妹の夫に体を許してしまったのだろう。もう誰のことも好きになれないはずの私は、ただあなたとの日々を想って…
【注目記事】娘の葬儀代は1円も払わない、と宣言する元夫。それに加え、娘が生前に一生懸命貯めた命のお金を相続させろと言ってきて...