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リセット

車椅子を押してもらいながら、僕は話しかけた。

「ねえ、お姉さん」

「お姉さんなんて呼ばないで。ここはキャバクラじゃないんだから」

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「看護師さん」

「ああ、看護師さん。……いや、斉藤さんにしよう」

車椅子を押している斉藤さんは、担当の看護師だ。意識を取りもどしてからほぼ毎日、身のまわりの世話や検査のつき添いをしてくれている。新婚ほやほやで、充実したオーラが漂っている。北海道の人だからなのか、色が白かった。

「ねえ、斉藤さん。名前の横に貼ってある、あのシールは何?」

各部屋の入口には患者の名札があり、その横には赤や緑の丸いシールが貼られている。

「患者さんの状態よ」

「状態?」

「うん。赤は寝たきり。黄色は要介助。緑はある程度自立している患者さんだったかな」

「ふうん、だから僕は黄色なのか」

「詳しく知りたかったら、ほかの看護師さんに()いてみて」

「いや、いいよ。……てっきり僕は、赤はハゲで緑はフサフサなのかと思っていたよ」

「内科に行ったら、そんなこと言えないよ。病気が重い人とか、たくさんいるんだから」

「……そうか」

「そうよ」

車椅子は廊下をまっすぐに進み、ナースステーションの前で右に折れた。

「でも、どうして僕は六人部屋とかの大部屋じゃないの?」

「まだ事故で神経が(たか)ぶっているからでしょ」

廊下を突きあたりまで行くと、分厚い金属の扉があった。壁の足元に四角い穴があり、斉藤さんがつま先を入れると、扉がゆっくりとスライドした。扉の向こうはピンク色のタイルが貼られた十畳ほどの浴室で、中央にリフトつきの浴槽が鎮座している。

消毒液のツンとした臭いがあたりに広がっていた。入ってすぐの所に車椅子用の洗面台があった。床屋でシャンプーするときのあれと、ほぼ同型のものだ。洗面台の正面に車椅子が停められ、僕は鏡に映った自分の顔を見た。寝たきりの状態が続いていたためか、前髪は逆立ち、真上に伸びている。まるでパイナップルだ。口元から(あご)にかけて、無精ひげが生い茂っていた。