カーテンの向こうでは、ベテラン看護師が入院規則の説明をしていた。僕が入院したときもこういう説明があったのかなぁ。そういえばこの部屋に来る前、どこか違う部屋で寝かされていたような気がする。
常に白衣の誰かがカーテンの向こうにいる部屋だった。覚えていることといえば、たまにナースステーションから聞こえるスタッフの話し声。爺さんの地獄のような叫び声。オムツをはずそうとして看護師に制止され、結局我慢できずに二人の看護師の前でオマルに排泄したこと。悲しそうな目で見下ろしていた赤い髪の看護師――。
深い闇から醒めて初めて目にしたあの赤い髪の看護師は、その後何度も形を変え、夢の中に現れたが、意識が戻ってきてからは二度と姿を現すことはなかった。
入院規則の説明が終わり、一行は患者の男を残して、病室を出ていった。外の廊下で、男の妻とベテラン看護師が話すのが聞こえた。
「……来見谷さん……今ちょっと話してもいいですか」
となりで寝ている亀ヶ谷という男が、カーテン越しに話しかけてきた。
「……どうして、入院されたのですか?」
僕は天井を見たまま答えた。
「……体のあちこちを悪くしまして……どうやら、車に轢かれたようです」
二日酔いの朝のように、断片的な記憶しか残っていない。
「……看護婦さんが横浜の方かただと言ってましたけれど、どうして北海道へ来ようと思ったの?」
「……さあ……なぜかなあ」
額の剃りこみのあたりを触りながら、僕は記憶をたどった。夜空に星がまたたいていた。