しかしそこで騒ぎが起きた。院の裏門で火の手が上がり、宴の席は一時騒然となったが、火はすぐに消し止められ、宴はそのまま続けられた。
小童らの火遊びによる失火ということであったが、六十余人もの小童が関わり、ただのいたずらとも思えず探索を続けさせたが、その真相は杳として知れなかった。
続いて三月十四日、長慶様は伊勢邸で催される連歌の会に誘われ、出向いた。今回もまた、儂と甚介が数名の兵を引き連れて御供した。
連歌会が行われている広間の内廊下に儂は控え、甚介は渡殿の向こうの対屋で兵たちとともに詰めていた。
鶯の声も加わり、連歌会も闌となった頃、突如、広間で男一人の大声が上がったかと思うと、それはすぐに幾人かの悲鳴へと変わった。
「何事か」
慌てて広間に駆け込んだ儂は、長慶様の姿を探した。連歌会の客は皆、腰を抜かして青ざめた顔で怯えていた。
「遺恨である」
連歌会に同席していた幕臣の進士賢光が小刀を手にして、今まさに長慶様に切り掛かろうとしていた。
長慶様の左袖が切り裂かれ、血が滴っている。既に一太刀浴びたようであった。
振り下ろされた二ノ太刀を長慶様は脇息で受け止めた。再び振り下ろされた三太刀目が空を切ったその時、長慶様が同伴していた茶坊主が進士賢光を後ろから抱き込み進士の動きを制した。
それを見た儂は、すかさず長慶様と進士の間に割って入り、身構えた。
「兄者、これは何としたことかぁ」
騒ぎを聞きつけた甚介と兵が広間を取り巻いた。
茶坊主を振り解いた進士であったが、
「もはやこれまで」
観念したのか、進士はその場で自らの首の動脈を掻き斬って果てた。
「御屋形様ぁ、御怪我の具合は」
長慶様の左袖をゆっくり捲った儂は、傷の深さを確かめた。
「大事ない」
長慶様は痛みで顔を顰めながら傷口に手を当てた。