ちょびひげちょび子の来訪

夏目漱石の“吾輩は猫である”の書き出しには「名前はまだ無い」とあるが、我が家にはるばるやって来た黒猫は、ちゃんと名前がある。ちょびひげちょび子である。

上半身は黒いが、顔から胸にかけて白く、しかも口の周りがちょびひげを生やしたように黒い。それで「ちょびひげちょび子」と名づけられたらしい。

これは、次女夫婦が東京の居宅から、わざわざ新幹線に乗せて、連れて来たのである。

しかもキチンと座席代を払っての旅行だ。それも年末の混雑する時にであった。

だから車内でも堂々と飼い主のそばに(はべ)っていた?そうであるが、まあ実態は飼い主が気をつかって、客室の中でニャーニャー言われたら、他の乗客に迷惑が掛かるかも、と入り口付近の席を獲得し、小さくなっていたそうだ。

もし騒ぎ出したら、すぐケージを抱えてデッキに跳び出し、なだめる算段であったと。

次女夫婦が昨年と同じように、年末年始を我が家で過ごしたいと言って来た時、私は去年と同じように四人でゆっくりと過ごせる、と喜んでいたが、今回は猫も一緒にと言って来た。

ペットホテルに預けると一晩いくら、と結構な費用が掛かる。そこで、じゃあその(まま)連れて行こうと考えたらしい。

今どきのペットは幸せなものだ。

我々が子供の頃、やはり犬・猫ともに飼っていた時があったが、これらは屋内には入れなかった。しかも当時の我が家では猫も、犬同様にいたずらしないように紐で繋いでいた時もあった。

名前にしても、こいつはくるくるパアーだから「クル」と言う名前にしよう、と弟が適当につけたりした犬もいた。

時代が変われば、猫や犬の待遇もさま変わりである。

それはさておき、早速年末に我が家でちょび子の家となる二階建てのケージが送られて来た。上部を寝床に下部をトイレにするそうだ。

ほうっておくのも仕方がないので、組み立ててやり、来るのを待つ事にした。

いよいよ猫さまのご到着だ。婿も娘も相当にこの猫を可愛がっているようで、「ちょびチャン」と言って何時も抱き上げている。

そこで規則をつくった。

縁側や廊下では走っても()ねても良いが、リビング兼用の台所には入ってはいけない。

猫に言っても、念仏みたいなものだろうから、飼い主に言っておいた。

折角、妻がおせちや雑煮の準備をしているのに、テーブルに上がったり、重箱や鍋に頭を突っ込んだり、大事な魚をくわえられたら、はなはだ困るのである。

そんな多少の妥協をいれて、しばらく様子を見てみることにした。

このちょび子も一応は(しつ)けてあるようで、暫く見ていると、トイレは定められたところ以外は絶対にしない、また匂いもしない。

最近はフードに尿や糞の匂い消しも入れてあるそうだ。  

なる程、これにはすこし感心した。

いくらペットと言ってもやはり動物である。垂れ流しや食べ散らかしの類であろうと思っていたが、キチンと定められた所で始末している。更に食べ物は良く出来たヤツで、昔我々が与えた様な人間の残り物ではない。見てみると牛乳や、固形の栄養価のあるフードである。  

そして食器は丸くて、中は幾つもに仕切られている。

自動操作も可能で、短期不在の場合はタイマーを仕掛けていたら、時間になると一部分の蓋が開いて、猫が食べられる様にセットしてあるそうだ。

さて、ちょび子も最初はじっとしていたが、だんだん慣れてくると、あちこち歩き出した。

これで飼い主も安心した。連れて来た甲斐があったと。