(嫁、かぁ……)
鬼塚は閉店時間になるまでチビチビとグラスを呷り続けた。
「お待たせダイちゃん。今日はもう店じまいだよ」
「おう」
「どしたの? なんか元気ないね」
「いや、そういうわけじゃねぇんだが……」
「じゃあなに? ハッキリしない男は嫌いよ、アタシ」
麗奈はキッと鬼塚を睨んだ。かつて警戒心の強い野良猫のようだと評した瞳は今や血統書付きの気高い猫に進化している。コワモテで人から避けられがちな鬼塚を𠮟れるのは麗奈くらいだ。
「今日、おやっさんからコレ、渡されてなぁ」
「なにこれ……特別養子縁組届け?」
「お前にヒナの母親になってほしいんだと」
「……」
「ヒナはお前によく懐いてるし、そもそもお前のことを完全に自分の母親だと思ってる。今のうちに本当の親子になっておいて悪いことはねぇんじゃねぇかと……」
麗奈は用紙に目を落として表情を消している。心の内は鬼塚には読めない。
「お前も知っての通り、おやっさんはもう会長の席を譲った。姐さんを失ってからすっかり抜け殻になったちまって、今じゃもう……な」
「勝手な人だね……。桜良さんが気の毒だよ」
「あの人のことを悪く言わないでくれ。おやっさんがいなきゃ、今ごろ俺はどこかで野垂れ死んでたか、どうしようもないチンピラになって刑務所送りになってただろうからな」
「……」
「いや、お前の言いたいことはもっともだ。ムリなお願いだと重々理解してる。ただ、俺としても恩人の頼みとあっちゃあ断り切れなくてよ……」
「いいよ」
知らず知らずのうちに麗奈から目を背けるように俯いていた鬼塚は首のすじが悲鳴を上げる勢いで顔を上げた。
「ほ、本当か?」
「ただし条件がある」
「なんだ。俺にできることならなんでも言ってくれ」
「じゃあココにアンタの名前書いて」
言いながら麗奈は書類に何かを書き込んで鬼塚に差し戻した。見ると、備考欄に『この縁組に同意する。養父の妻:麗奈』と書いてある。麗奈が示しているのは【養親になる人】の項目だ。
「お前、これ……」
「アンタがアタシの旦那になること。それが条件」
次回更新は10月17日(土)、11時の予定です。
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